大分ふれあいユニオン 私たちは全国ユニオンや連合加盟の労働組合です。大分県で働く人たちが一人では解決できない職場の悩みやトラブルを解決するための労働相談や会社との交渉に取り組んでいます。相談は、電話相談と面接相談を行っています。その相談が解決のための第一歩です 
 
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*労災遺族補償を最高裁が認めた!

 昭和57年に佐伯市のK産業で働いていたI氏が心筋梗塞で死亡。遺族が労災死ではないかと相談に来て、昭和63年10月、佐伯労働基準監督署に「労災遺族補償」を請求したが不認定となった。
その後、大分地裁で棄却となったため、福岡高裁で争うことになり、これが逆転勝利。平成15年2月4日、最高裁判所が佐伯労働基準監督署の上告を不受理で勝訴が確定。これまでの審査請求、裁判と長い闘いを繰り返してきたが、20年間の長い闘い「労働災害遺族補償請求認定」の闘いは勝訴となった。


裁判で勝訴した!
*J分会闘争 勝利和解!
 大分市の下郡にある葬祭業徽に勤務していた労働者で労働組合を結成したのが2002年5月、その年の10月には全員解雇。解雇は徽の解散によるものであるが、この解散も労働組合を排除するための親会社「熊本に本社がある冠婚葬祭業該の意図によるもので、徽解散後はただちに新会社規が設立され、この新会社に私達の仲間である徽分会の三人全員が雇用されず、分会組合員でなかったものが全員採用された不当労働行為事件である。
 裁判所と地労委に提訴して以来2年4ヶ月の闘いを経て2005年2月4日、大分県労働委員会の立会いのもとに、和解が実現した。
 仮処分裁判で三人の賃金が保全され、本裁判に移行している中での和解だった。金銭解決。しかし、該がこれまで支払った仮処分決定による賃金と、今回の和解によって支払う解決金と合わせた金額は、該が犯した不当労働行為の代償と言える額であり、まぎれもない勝利和解である。


*中津競馬前面解決へ苦闘の1年、協力見舞金勝ち取る)

 2001年2月、当時の中津市鈴木市長は、「赤字財政」を理由に突然、「中津競馬の廃止」を発表した。事前説明なしの発表に競馬関係者は驚き、明日からの生活の不安に駆られながらも馬への愛情や競馬に対する愛着心、さらには永年、市の事業を手がけてきたという誇りから強く「競馬の存続」を訴えた。しかし市長のかたくなな姿勢には変わりはなく、やむなく「廃止による生活補償」に切り替えて闘争を展開した。
 関係者は全員ユニオンに加入。ユニオンの指導で世論に訴える闘いと、議員への要請を繰返し、鈴木市長の責任が議会で問われることとなった。
 その結果中津競馬廃止に伴う生活補償を求める闘いは、2002年2月28日、市と主要三団体(調教師・騎手・厩務員)の交渉の席で市が協力見舞金の額を提示、三団体がこれに合意、全面解決の方向となった。妥結額は要求の約半分。3月1日からの中津市定例市議会を目前にして、市の最終回答とも言える金額提示を不服とした場合、3月議会における見舞金支給を含んだ予算の可決がならず6月議会まで闘いを継続しなければならないという状況の中でギリギリの選択だった。
 3月1日いつものように朝の全員集会。執行部が妥結に至った経過と考え方を報告。報告に異議はなく全員が妥結と闘いの収拾を静かに受け止めた。なかにはこの1年の闘いを振り返り涙ぐむ仲間もいた。金額面で勝った負けたを論じることはもはや意味はない。中津競馬の仲間達が苦闘の果てに勝ち得たものは見舞金だけではなく、共に闘った仲間達との信頼や友情であり、労働者の誇りだった。横暴な鈴木市政に一矢を報いた仲間は、中津競馬の思い出とこの1年間の闘いの記録を一冊の本にしました。タイトルは「中津競馬物語」です。(定価1575円)